HISTORY
私たちの歴史と未来

「はたらく力で、イキイキをつくる。」
UT改革の20年

1995

業界の常識への疑問

1995年当時、⼈材派遣・請負業へのニーズは⾼く、順調に顧客を増やすなか、若⼭は⼀つの疑問を抱きました。それは、「働く⼈の⽴場」に⽴った雇⽤条件や⼈材育成を軽視する、旧態依然とした業界体質です。そのため、業界では派遣で働く⼈々の定着率が低く、⽣産効率も悪化するという課題を抱えていました。そこで若⼭は「派遣する社員に技能教育を施し、技能アップに応じて昇給する」職能給制度を導⼊。また、業界に先駆けて雇⽤期間を限定しない「正社員雇⽤(常⽤雇⽤)」「社会保険100%加⼊」を進めるなど、業界の常識を覆すことで社員のモチベーション向上を果たしていきました。

1997

「工程一括請負」という独自の
ビジネスモデル

次に取り組んだのは、「はたらきかた」の改⾰です。「社員が成⻑できる環境づくり」を重視する若⼭は、従来のように⼈を個別に派遣するのではなく、教育や評価を⾏う管理者(リーダー/マネージャー)が中⼼となり、チーム⼀体となって成果を追及することが重要という考えに基づき、⼯程全体を⼀括受託する「⼯程⼀括請負」という独⾃のビジネスモデルを確⽴。また、派遣先も、⾼度な専⾨性を擁する半導体分野にフォーカスすることで、“半導体分野でNo.1”の評価を獲得。新たな顧客を獲得しながら社員教育やコンプライアンス体制の強化を図っていきました。

2001

存続の危機から⽣まれた基本理念

2001年、IT不況が到来し、顧客の減産が相次いだことで、創業以来初めての減収減益となりました。存続の危機に直⾯した若⼭は、「会社のあり⽅」を原点から⾒直すことを思い⽴ちます。「当社の存在意義とは何か?」。若⼭は全社員に向けてメールを送りました。このメールをきっかけに社内の有志が集まり、結成されたのが、「志(こころざし)の会」です。約1年かけて、⾃社の存在意義を議論し、たどりついた答えは、「社員の技能向上を通じて、チームでお客様のものづくりを⽀える」こと。また、この議論のなかで、社員からは「イキイキと働きたい」という⾔葉が何度も出てきました。以来、UTグループは、「はたらく⼒で、イキイキをつくる。」を基本理念に位置づけています。

2003

業界初の株式上場へ

2003年、⽇本エイムはJASDAQ市場に製造派遣・請負業界初の株式上場を果たしました。当時、業界に対する社会からの信⽤は、決して⾼いものではありませんでしたが、⽇本エイムは「正社員雇⽤」「半導体分野への専⾨特化」をはじめ、請負現場での厳格な管理体制など、コンプライアンス経営を徹底していたため、上場への厳しいハードルをクリアするこができました。また、上場と同時に、派遣や請負の職場で働くすべての社員を対象にした業界初の「持株会」も発⾜させました。

2007

UTグループの誕⽣

好調な業績が続き、グループ企業が増えていくなか、若⼭はグループ全体で戦略的な経営を推進していくため、2007年4⽉に持株会社となるユナイテッド・テクノロジー・ホールディングス株式会社(2009年にUTホールディングス株式会社に商号変更)を設⽴。UTグループとして新たなスタートを切りました。その後、世界同時不況にさらされたものの、さまざまな改⾰によって危機を脱することができました。

2011

質・量ともに「⽇本⼀の請負会社」へ

世界同時不況の危機を乗り越えたUTグループは、2011年、中期経営計画で新たなビジョンを掲げました。⽬指すのは、“半導体請負No.1”から“質・量ともに⽇本⼀の請負会社”へ。半導体分野で築いた実績など確固たる事業基盤をもとに、環境・エネルギー・インフラといった成⻑分野に挑戦し、より良質な雇⽤機会の創出やキャリアアップの機会の拡⼤を、そして⽇本経済の活性化に貢献していくことを社内外に表明しました。採⽤規模を拡⼤するとともに、構造改⾰を進める産業の⼈材を雇⽤し、成⻑産業で活躍できる環境をつくることで、20周年を迎える2015年には、技術職社員数10,000⼈に及ぶ企業グループにまで成⻑を遂げました。

2016|
2021

雇用サービス業界で、日本を代表するリーダー企業へ

5期連続の増収増益を続けながら、2015年に創業20周年を迎えました。グループとしての一体感とブランド力を強化するため、UTグループ株式会社に商号を変更。「日本全土に仕事をつくる」を新たなビジョンに掲げ、雇用サービス業界において「日本を代表するリーディングカンパニー」を目指します。新しいロゴとメッセージを旗印にコーポレートブランディングを展開し、他事業領域、そして海外への展開を視野に入れた事業拡大を図っていきます。