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Special対談 竹内洋岳(プロ登山家)×若山陽一(審査委員長)

エントリーすること。そこからチャレンジが始まっている。

標高8000mを超える山は、この地球上に14座。その全てに登ったのは世界でも過去に27人しかいません(2012年3月現在)。

竹内洋岳氏はすでに13座に登頂し、日本人で初めて14座全てに登頂するというチャレンジをしている、世界でもトップクラスの登山家です。

「UTチャレンジプロジェクト2012」の特別審査員である竹内氏と、「UTチャレンジプロジェクト2012」の審査委員長をつとめる若山陽一(UTホールディングス株式会社 代表取締役社長兼CEO)が、プロジェクトへの想いや期待を語り合いました。

(対談日:2012年2月29日)

若者がチャレンジする機会をつくりたい

若山 子供の頃はがむしゃらにチャレンジするようなことがあったのに、大人になると先を読むようになって、チャレンジ精神というのが衰えてくるということがありますね。

「UTチャレンジプロジェクト」は、若い人たちの"やってみたい""挑戦したい"という意欲に応える機会にしたいと思います。

そのチャレンジを見て感動した人が、自分もがんばろうという気になれば、それはすごい価値を生む。そういう機会をぜひつくりたい。それが「UTチャレンジプロジェクト」のきっかけです。

特別審査員はナンバー1チャレンジャー竹内洋岳氏に

若山 じゃあ誰が審査をするか、ということになり、やはり一番チャレンジをしている人に特別審査員になっていただこうと。そしてまっさきに頭に浮かんだのが竹内さんでした。

高所の登山では気持ちが悪くなったり、足が痛かったりするけれど「そういうことは登山をやめる理由にはならない」というようなコメントを読んで、すごい人だな、と。

社員にも「目標を達成するのがしんどくても、それはやめる理由にならないんだよ」と竹内さんの言葉を引用して言っていたくらいです。

特別審査員として、このプロジェクトに期待することは何でしょうか。

このプロジェクトで「きっかけ」を作りたい

竹内 今のお話のように、「やりたいけれど、やれるかどうかが分からない」とか「やっていいのかな」と思ってしまうことってありますね。

以前は突拍子もないことを言っても、付き合ってくれる人がいっぱいいたんです。ところが最近は、なかなか付き合ってくれる人がいなくて。

だけど私はそういう人との出会いに恵まれました。そしていろいろな機会を与えてもらい、登山家として成長してきました。

私は多くの人に出会うきっかけを得たからこそ、ここまでやってきました。これからは人に機会を与える側になりたいと思っています。

2010年のチョーオユーのときは、パートナーの一般公募をしてみました。このほかにもさまざまな活動を始めています。

「UTチャレンジプロジェクト」は、私が登山でやろうとしていることにすごく似ていると感じました。自分が何かやろうと思っていたんだけれど迷っている人たちが、何かを始める機会になると思います。

今回のプロジェクトが、一つの「きっかけ」になりそうな気がしているんです。

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エントリーすること自体がチャレンジ

若山 製造分野で働いている派遣・請負の人たちは、若い人が多いんです。
そういう人たちの中から、このプロジェクトを通じていろいろな可能性を見出してくれる人が、少しでも増えてくれると面白いですね。

竹内 ここに申し込んでくる人は、申し込んだ時点でチャレンジをしているんだと思うんです。申し込みをするまで、いろいろなことを考えて。自分が選ばれたらどうしよう、選ばれなかったらどうしよう、といろいろなことを考えて、最終的にエントリーするという意志があります。

それだけでもチャレンジだと思います。

そこに選ばれることがチャレンジではなくて、ここに応募すること自体が、チャレンジです。

そういうアクションができる人は、きっと別なこともアクションが起こせる人だと思います。

こういう仕組み、仕掛けにワクワクしますね。どういう人たちが来るのか楽しみです。

チャレンジするプロセスが重要

若山 どういう人たちが、どういうことやろうとしているのか。それをやっているプロセスも見たい。意表をつくようなアイデアが出てくると面白いですね。

竹内 チャレンジの過程が面白いと思うんです。

登山でも頂上に立つことだけが目的ではなく、頂上に行くまで、下りてくるまで、そして次の登山に行くまでの過程を私たちは楽しんでいます。

そういう意味では、失敗する、成功するという結果だけではなく、目標に向けて動き続けている様子がチャレンジャーブログなどで見られるなら、面白いですね。

若山 人生において、成功するとか失敗するというのは、あまり意味のないことだと思っています。成功するかどうか、チャレンジのプロセスでは分かりませんが、成長する過程が重要だと思うんです。

必要なのは「覚悟」

若山 今は混沌としている時代で、若い人たちの考えもいろいろです。そういう人たちに、竹内さんの人生経験とか登山家の経験をふまえて、メッセージを送っていただくとしたら。

竹内 覚悟を決めてほしいですね。

大きな覚悟でなくても、「よし、これをやろう」とか「続けていこう」「申し込もう」、とか。

覚悟をすれば動くじゃないですか。

私自身は、山で事故を起こしたあと、いろいろなことを考えました。そして私はひたすらこれをやっていくんだ、プロの登山家になろう、という覚悟を決めました。

私は山で自分の能力を燃やし尽くすつもりでいます。

若山 竹内さんのチャレンジも「きっかけ」になると思うんです。14座に挑戦するのを見た人が共感して、自分も何かをやろうという。

ですから14座目を、ご自身の言葉のように、登りきって無事に生きて帰ってこられるよう願っています。

これからもよろしくお願いします。

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  • 特別審査員 プロ登山家 竹内洋岳 ブログ
  • 審査委員長 UTホールディングス株式会社 代表取締役社長兼CEO 若山陽一 ブログ

Profile

「UTチャレンジプロジェクト2012」特別審査員
プロ登山家
竹内洋岳(たけうち・ひろたか)

撮影:中島ケンロウ

1971年生まれ
東京都出身
身長180cm 体重65kg 血液型O型
立正大学 仏教学部卒
株式会社ICI石井スポーツ所属

登山好きな祖父の影響を受け、幼少より登山とスキーに親しむ。
高校、大学で山岳部に所属し登山の経験を積み、20歳で初めてヒマラヤの8000m峰での登山を経験。
1995年にマカルー(8463m)東稜下部初登攀より頂上に立ち、1996年には、エベレスト(8848m)とK2(8611m)の連続登頂に成功し活動をヒマラヤに集中させていく。
2001年からは、ドイツ人クライマー、ラルフ・ドゥイモビッツや、オーストリア人女性クライマー、ガリンダ・カールセンブラウナーをメインパートナーとし、各国のクライマーと少人数の国際隊を組み、酸素やシェルパを使用せず、アルパインスタイルを積極的に取り入れた速攻登山で複数の8000m峰を継続する登山スタイルにより、世界に14座ある8000m峰に次々と登頂。
2007年に10座目となるパキスタンのガッシャブルムII峰(8035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負い、生命の危機に陥ったが、各国登山隊のレスキューで奇跡的に生還。
もはや登山への復帰は絶望的とも言われたが、手術、リハビリにより、わずか1年後には、事故のあったガッシャブルムII峰へ再び挑み登頂に成功した姿は多くの賞賛を受けた。
2011年には世界に14座ある8000m峰のうち13座目となるチョー・オユー登頂に成功、14座完全登頂に王手をかける。
2012年5月26日(日本時間午後8:45)14座目となるダウラギリ登頂に成功。日本人初となる8000m峰14座完全制覇という偉業を達成した。
2002年に結婚。二次の父親の顔も持つ。

「UTチャレンジプロジェクト2012」審査委員長
UTホールディングス株式会社 代表取締役社長兼CEO
若山陽一(わかやま・よういち)

撮影:中島ケンロウ

1971年2月23日愛媛県松山市生まれ
青年期にバイクによる交通事故で4日間生死をさまよう。友人からの輸血もあり一命をとりとめ、「一度自分は死んだ、これからからは命ある限り何か人の役に立つことをしたい」と心に決める。 「何か人の役に立つこと」という漠然とした想いは、「会社を作ること」へつながり、会社を設立するために大学へは4日間しか行かず、300万円の資金をつくるため朝から深夜までバイトに明け暮れた。
「職を求める人」と「人を求める企業」の橋渡しをする人材ビジネスに興味を持ち、また日本の強さは、モノづくり(製造業)にあるとの思いから、「人材ビジネス+モノづくり」をテーマに1995年、創業。スタートは、横浜のボクシングジムの2階にある4畳半の一室だった。 さまざまな困難を乗り越え、アウトソーシングビジネスを付加価値の高いビジネスモデルへと成長させ、2003年12月製造アウトソーシング業界で初の上場を果たす。 現在は「質、量ともに日本一の請負会社」の実現にチャレンジ中。